契約の中身
小野薬品工業(本社:大阪市中央区、代表取締役社長COO:滝野十一)は2026年10月8日、Biohaven Ltd.(本社:米国コネチカット州ニューヘイブン、会長CEO:Vlad Coric, M.D.)と、同社が開発中のIgG分解薬アセットに関する独占ライセンス契約を締結した。対象はBHV-1300、BHV-1310、BHV-1320の3品目で、地域は日本、韓国、台湾およびASEAN諸国である。
対価は、契約一時金として0.8億米ドル、開発の進捗に応じたマイルストンとして0.2億米ドルを小野薬品がBiohaven社に支払う。加えて、売上高に応じた約20%の料率のロイヤルティを支払う。
役割分担は明確だ。小野薬品が、対象地域における臨床試験の実施と製造販売承認の取得を担い、承認取得後は同地域での販売も担当する。
なお、本件による小野薬品の2027年3月期の連結業績への影響は軽微で、今後公表すべき事項が生じた場合には速やかに開示するとしている。
IgG分解薬とは何か、バセドウ病をどう狙うか
今回導入されるアセットは、Biohaven社のMoDE™(Molecular Degraders of Extracellular Proteins、細胞外タンパク分解薬)プラットフォームから創出された新規低分子薬である。内在性のタンパク分解機構を利用し、自己免疫疾患の原因となる自己抗体のうち主なIgGクラス(IgG1、IgG2、IgG4の各サブクラス)を選択的に除去することを特徴とする。小野薬品は、自己免疫疾患の「原因」にアプローチする薬剤クラスと位置づけている。
3品目のうち最も開発が先行しているのがBHV-1300で、バセドウ病を対象にグローバル第3相試験を実施中である。BHV-1300はオートインジェクター製剤で自己投与が可能であり、バセドウ病の原因となる甲状腺刺激ホルモン受容体に対するIgGクラスの自己抗体(TRAb)を分解する。
バセドウ病は、そのTRAbによって引き起こされる、甲状腺機能亢進症の最も一般的な疾患である。再発と寛解を繰り返す疾患で、特に20〜30代の女性に多く、人口1,000人あたり0.2〜3.2人が罹患すると報告されている(出典:日本内分泌学会HP)。現在承認されている治療には、抗甲状腺薬などによる薬物療法のほか、放射性ヨウ素内用療法や外科手術があるが、いずれも根本原因であるTRAbを標的としていない。ここに、TRAbそのものを分解するという本アセットの位置づけがある。
両社のコメントと、提携の背景
小野薬品の滝野社長COOは「Biohaven社は、独自の創薬プラットフォームを活用した革新的な治療薬の開発において優れた実績を有しております。今回のライセンス契約により、当社の重点領域である免疫・炎症疾患において開発後期段階のパイプラインを強化することができます」とコメント。対象地域のバセドウ病患者に新たな治療選択肢を提供し、価値最大化に向けてBiohaven社と提携できることを楽しみにしている、と述べた。
Biohaven社のCoric会長CEOは「小野薬品は、日本およびアジアの主要市場の患者さんにこれらの医薬品を届けるうえで理想的なパートナーです」とし、近年のがん免疫療法の礎を築いてきた実績に触れたうえで、BHV-1300と小野薬品の開発力・商業化能力を組み合わせることで、患者に本剤を力強く迅速に届けられると期待を示した。
Biohaven社は、免疫、神経、がん領域で治療薬の創製・開発・商業化に取り組む米国のバイオベンチャー企業である。開発パイプラインには、てんかんを対象としたKv7イオンチャネルモジュレーター、免疫疾患を対象としたMoDE™およびTRAP™(Targeted Removal of Aberrant Protein、異常タンパク選択的除去薬)プラットフォーム、がん領域の次世代ADC(抗体薬物複合体)プラットフォーム、肥満症を含む神経筋疾患・代謝疾患を対象としたミオスタチン阻害剤が含まれる。
業界にとっての意味
今回の契約は、小野薬品が自ら明言するとおり、重点領域である免疫・炎症疾患の「開発後期段階」のパイプラインを補強するものだ。すでにグローバル第3相試験が進行中のBHV-1300を含む3品目を一括で取り込む構図であり、探索段階の導入とは性格が異なる。
契約条件を見ると、一時金0.8億米ドル+マイルストン0.2億米ドルという前払い部分に対して、売上高に応じたロイヤルティは約20%と高めの料率が設定されている。初期の支払い負担を抑え、上市後の売上に応じて対価を支払う配分になっている点は、後期アセット導入の条件設計として読み解ける。小野薬品は2027年3月期の連結業績への影響を軽微としており、この点とも整合する。
地域面では、日本に加えて韓国、台湾、ASEAN諸国が一体で対象になっている。小野薬品が同地域での臨床試験実施から承認取得、販売までを一貫して担うため、日本単独ではなくアジア広域の開発・商業化体制が前提となる契約といえる。
疾患領域としても意味がある。バセドウ病の既存治療は薬物療法、放射性ヨウ素内用療法、外科手術のいずれも原因であるTRAbを標的としていない。TRAbを分解するという作用機序が臨床で確立されれば、治療の選択肢の構成そのものが変わりうる。さらに、MoDE™プラットフォームはIgG1、IgG2、IgG4を対象とする設計であり、今回導入されたBHV-1310、BHV-1320を含め、自己抗体が関与する他の自己免疫疾患への展開余地を含んだ契約でもある。