何が公開されたか
デロイト トーマツ グループは2026年11月4日、「生成AI時代における医師への情報提供のあり方——情報収集実態と製薬企業の将来的な情報提供モデルとは」と題するPerspective(考察記事)を公開した。あわせて「生成AI時代における医療従事者の情報収集実態と将来展望」と題するPDF(1MB)がダウンロード資料として提供されている。読了時間は6分と示されている。執筆者として、合同会社デロイト トーマツ パートナーの濱口航氏が掲載されている。
調査の対象は医師561名。生成AIの利用実態と、医師が製薬企業に求める価値を調べたものだ。調査の設問は、「現在、医師はどのような情報をどのチャネルで収集しているのか」を起点に、「生成AIの利用頻度や活用場面」「生成AIで収集している情報の内容」「利用にあたっての懸念事項」といった項目に及ぶ。さらに「生成AIによって代替される可能性が高いチャネル」「今後の製薬企業に求める価値・情報提供」についても聞いている。これらの結果を踏まえ、生成AI時代における製薬企業の情報提供モデルの方向性を考察する、という構成である。
これまでの前提と、何が変わりつつあるのか
資料は、従来の医師の主要な情報収集チャネルとして、MR、MSL、製薬企業のオウンドメディア、ペイドメディア、PubMedなどを挙げている。製薬企業にとっては、これらのチャネルを疾患領域ごと・製品ごとにどう組み合わせて情報を届けるかが重要な論点であった、という整理だ。つまり、チャネルの「配合」をどう設計するかが課題の中心にあった。
その前提が揺らいでいる、というのが本書の出発点である。近年、生成AIを活用した検索や情報収集が急速に普及し、医師の情報収集行動そのものが変化し始めている、と資料は述べる。情報へのアクセス手段が多様化するなかで、従来の情報提供モデルが今後も有効であり続けるのか、製薬企業はどのような価値を提供すべきなのかを改めて捉え直す必要がある——この問題意識のもとで調査が実施された。
調査結果から見えてきた姿について、資料はこう記している。生成AIはもはや一部の医師が活用する補助的ツールではなく、診療における情報収集・活用の前提そのものとなりつつある、と。「一部の医師の便利な道具」から「前提」へ、という位置づけの変化が、本書の中核的な認識である。
その帰結として、資料は、これまで製薬企業が行ってきたMRや自社・外部ウェブサイトを中心に据えた情報提供の価値は相対的に低下すると想定される、と述べる。そして、これは短期的な業績に係る問題ではなく、製薬企業が医師に対して今後どのような価値を提供し続けられるかという、より本質的な構造転換を意味している、と位置づけている。
「人」に残る三つの役割
一方で資料は、この変化が製薬企業に求められる価値の中核を一層明確にする、とも書く。医師が真に求めるのは、単に情報そのものを提供することではない。臨床現場の文脈を踏まえて「適切に問いを設定し」、「複雑な状況下で判断を支え」、「継続的な信頼関係を築く」ことである——資料はこの三つを挙げ、これらは現時点において生成AIが容易に代替し得ない「人」に固有の役割だとしている。
そのうえで示される方向性が、「生成AIを前提とした組織設計、データ・システム基盤、コンテンツ管理を高度化しつつ、そのうえで『人』、すなわちMR・MSLそれぞれが介在する価値を再定義する」という二段構えである。目指すべき姿として掲げられているのは、単なる情報伝達の担い手ではなく、医師にとってのディスカッションパートナーとして機能する体制への転換だ。生成AIが情報アクセスの非対称性を縮小する時代において、こうした「人が介在する価値」をいかに再設計できるかが、製薬企業の競争優位性の維持・強化を左右する重要な鍵になる、というのが執筆者らの考察である。
業界にとっての意味
注目すべきは、この考察が「MRが不要になる」という方向を向いていない点だ。資料の論旨はむしろ逆で、情報伝達という機能の価値が下がるからこそ、問いの設定・判断の支援・信頼関係という、人にしか担えない部分が前面に出る、という構造になっている。MR・MSLの役割論は長く議論されてきたテーマだが、生成AIの普及という外部環境の変化が、その再定義を先送りできない課題として突きつけている、と読むことができる。
また、「生成AIを前提とした組織設計、データ・システム基盤、コンテンツ管理」という言及は、現場の人材だけでなく、その背後の仕組みの作り直しを同時に求めるものだ。人の役割の再定義と基盤の高度化が、片方だけでは成立しない関係として示されている。
ただし資料自身が留保を付している。本書で示す見解は執筆時点における考察であり、確定的な結論を提示するものではない、という断りだ。日々進化する生成AIに合わせて医師の行動も変化し続けており、それに伴い製薬企業の情報提供モデルについても継続的な検証とアップデートが不可欠だとする。執筆者一同は、本書が議論を喚起する起点となり、読者との対話を通じて内容を継続的に発展させていくことを望む、と結んでいる。結論の提示ではなく、議論の起点としての公開——その位置づけ自体が、この領域の変化の速さを物語っている。