何が決まったか
学校法人順天堂(東京都文京区、学長 代田浩之)と株式会社ケアネット(東京都千代田区、代表取締役社長 藤井勝博)は、AIエージェントを活用した新しい臨床支援の仕組みを開発する共同研究を行うことで合意し、順天堂大学大学院医学研究科 AIインキュベーションファームに「次世代医療AI・臨床知共創講座」を2026年7月1日に開設した。発表は2026年9月7日。
講座の英語名は「Juntendo & CareNet Medical AI and Clinical Knowledge Co-creation Department(J-CMAC)」。責任者は矢野裕一朗氏(総合診療科・教授、AIインキュベーションファーム・センター長、AI推進センター・センター長)。研究期間は2026年7月から2031年6月までの5年間と定められている。
共同研究講座で取り組むテーマは主に二つある。一つ目は「臨床支援AIエージェント」の開発で、院内データを集約・整理し、治療歴、検査値、併発疾患等の状況に応じた薬剤情報、診療ガイドライン、医学論文等を提示する仕組みを目指す。個人情報や研究倫理に十分配慮した環境のもとで、医師の情報収集と意思決定を支援する仕組みを検討するとしている。
二つ目は「医療従事者コミュニティプラットフォーム」の構築である。順天堂大学内の医師同士のつながりに加え、診療科、医局、学会、関連施設等を超えた連携を促進する「臨床知・集合知の共有基盤」をつくる。ケアネットが医療従事者ネットワーク構築を通じて培った知見を活用し、臨床、教育、学会、研究等の現場で生まれる知識や経験を蓄積・共有し、継続的に活用できる仕組みの構築を目指すという。
背景 ― 情報の分散と多疾患併存
発表資料は、講座開設の背景として、高齢化による患者背景の多様化や多剤併用の広がりにより、医療従事者が確認・判断すべき情報が複雑化していることを挙げている。加えて、電子カルテ、診療ガイドライン、薬剤情報、医学論文等が複数のシステムや情報源に分散しており、医療現場で必要な情報をいかに迅速に取得・活用できるかが課題になっているとする。
この課題に対し、国内最大級の臨床データと臨床知を有するとされる順天堂大学と、約30年にわたり医療情報の提供とデジタル情報基盤の構築に取り組んできたケアネットが手を組む形となった。両者の知見とAI・デジタル技術を融合し、医療従事者の負担軽減と医療の質・安全性の向上に資する、実臨床で活用可能なAI医療基盤の実装を目指すとしている。
受け皿となる順天堂大学AIインキュベーションファーム(aif)は、人工知能(AI)、Internet of Medical Things(IoMT)、デジタルヘルス等に関わる研究・開発・社会実装における産学官民連携の強化と、産業創出の好循環を生み出す次世代医療エコシステムの形成を目的に、2021年12月1日付で発足した組織である。9学部6研究科6附属病院によって集積される健康・医療ビッグデータや設備、AI専門家のサポートを強みとして掲げ、拠点となる元町ウェルネスパークにはオープンイノベーションプログラム「GAUDI」やスポートロジーセンターが共存する。
一方のケアネットは、24万人の医師会員を有する「CareNet.com」を基盤に、医療の人材・教育・経営から新薬の開発・治験・普及支援まで、医療・医薬分野の専門サービスを提供している。
矢野氏はコメントで、超高齢社会の深化や不確実性の高まり、医療情報の増大、多様な価値観の台頭を背景に、複数の悩みを抱えるマルチモビディティ(多疾患併存)のケースが増加の一途をたどっていると指摘。単一疾患のみに対処する医療から、患者の背景やナラティヴに寄り添う全人的ケア、すなわちホリスティック・リーズニング(全人的臨床推論)が求められる時代へとシフトしているとしたうえで、診療科や施設の枠を超えた集合知の結集とAI技術の活用が不可欠だと述べている。
業界にとっての意味
注目すべきは、臨床支援AIエージェントが扱う情報のなかに、薬剤情報と診療ガイドライン、医学論文が明示的に含まれている点である。治療歴、検査値、併発疾患といった院内データの文脈に応じて、これらの情報が医師に提示される仕組みが構想されている。医薬品情報が、医師が能動的に探しにいく対象から、患者の状況に応じて提示される対象へと位置づけが変わりうる、ということになる。
ケアネットの藤井氏は、実用化後は全国の医療現場へ展開し、医療従事者の負担軽減と医療の質・安全性の向上に貢献したいとコメントしている。同社が検証を進める対象として挙げているのは、臨床支援AIエージェントの有用性・安全性・実証可能性の三点である。5年という研究期間は、実証と検証に一定の時間をかける設計と読める。
もう一つのテーマである医療従事者コミュニティプラットフォームは、診療科・医局・学会・関連施設という既存の区切りを越えた知識共有を狙う。代田学長はコメントで、産学の共創とデジタル技術の掛け合わせにより、診療科や施設を超えた集合知の蓄積・共有・相互作用を加速させると述べている。臨床データを持つ大学と、医師ネットワークおよび医療情報基盤を持つ事業者が組む構図は、医療DXにおける産学連携の一つの型として、今後の動向が問われることになる。