何が決まったか
米食品医薬品局(FDA)が、ロシュのEnspryng®(サトラリズマブ)を成人の甲状腺眼症(TED)の治療薬として承認した。ロシュが2026年10月16日、スイス・バーゼルで発表した。
TEDにおける初かつ唯一の在宅皮下投与の選択肢であり、医療従事者のトレーニングを受けたうえで、患者本人または介護者が投与できる。維持期は4週ごとの投与となる。
Enspryngは、可溶型と膜結合型の両方のインターロイキン6受容体(IL-6R)に結合し、炎症に関わる主要経路であるIL-6シグナル伝達を阻害するよう設計されたヒト化モノクローナル抗体で、ロシュグループの中外製薬が創製した。中外独自の抗体リサイクリング技術を採用し、pH依存的にIL-6Rへ結合して標的に繰り返し結合することで、抗体の血中滞留を延長し、IL-6シグナル阻害の持続を支える仕組みを持つ。自己抗体が駆動する病態の上流でIL-6シグナルを抑える、クラス初のIL-6R阻害薬と位置づけられている。
承認の根拠となった第III相データ
承認は、第III相のSatraGO-1(NCT05987423)とSatraGO-2(NCT06106828)に基づく。両試験は同一デザインの無作為化・プラセボ対照・多施設共同試験で、活動性の中等症〜重症TEDおよび慢性TEDの成人を対象に、有効性、持続性、忍容性を検討した。19か国から計258例が登録され、1対1でEnspryng群とプラセボ群に割り付けられた。主要評価項目は、活動性の中等症〜重症TED患者のうち、24週時点でスタディアイの眼球突出がベースラインから2mm以上減少した患者の割合である。
SatraGO-1はあらかじめ設定された主要有効性評価項目を24週時点で達成しなかった。一方、SatraGO-2は活動性TED集団において、眼球突出の反応率がEnspryng群52.9%、プラセボ群23.4%、複視の改善が同60.7%、25.8%と、統計的に有意かつ臨床的に意味のある差を示した。活動性と慢性の双方を含む全体集団でも一貫した結果が得られた。新たな安全性シグナルは認められず、安全性プロファイルは視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)で既知のものと一致した。完全な結果は、2025年10月の米国眼形成再建外科学会(ASOPRS)秋季学術集会で発表されている。
ロシュのチーフ・メディカル・オフィサー兼グローバル医薬品開発責任者であるLevi Garraway氏は「治療の選択肢が長く限られてきたTEDの人々にとって重要な新たな選択肢となる」とコメント。治験責任医師でペンシルベニア大学Scheie Eye Institute眼科准教授のCésar A. Briceño氏は、有効な皮下投与の選択肢により「点滴に基づく治療に伴うロジスティクス上の負担を軽減しつつ、患者と医師の双方により大きな柔軟性をもたらしうる」と述べた。
2つ目の適応、そしてMOGADへ
TEDは甲状腺眼症(グレーブス眼症)とも呼ばれる複雑な炎症性自己免疫疾患で、眼とその周囲を侵し、視力を脅かし、顔貌の変化をもたらす。主な症状は発赤、眼の腫脹、眼瞼後退、見開いたような外観、片眼または両眼の眼球突出、複視、疼痛である。米国では10万人あたり約155人が罹患する進行性の希少疾患で、甲状腺機能亢進症の患者に最も多くみられ、そのおよそ50%が少なくとも軽度のTEDを経験する。甲状腺機能低下症や甲状腺機能が正常な人にも起こりうる。既承認の治療法はあるものの、有効で忍容性が高く、投与経路が利便性の高い治療への医療ニーズが残っていた。
今回の承認は優先審査指定を経たもので、2020年のNMOSD承認に続くEnspryngの2つ目の適応となる。EnspryngはNMOSDで現在唯一承認されているIL-6R阻害薬として約90か国で承認され、1万6,000人を超える患者で安全性プロファイルが確立されている。
ロシュはIL-6シグナル阻害が有効となりうる他の神経自己免疫・炎症性疾患での開発も進めており、自己免疫性脳炎(AIE)やミエリンオリゴデンドロサイト糖タンパク質抗体関連疾患(MOGAD)が対象に含まれる。MOGADの生物学的製剤承認事項一部変更申請(sBLA)は2026年9月にFDAの優先審査を受け、承認可否の判断は2027年1月に見込まれている。米国・EUではNMOSDとMOGADで、米国ではさらに抗NMDA受容体AIEおよびLGI1 AIEで希少疾病用医薬品指定を受けている。
業界にとっての意味
ポイントは二つある。第一に、投与形態の転換だ。TEDの治療選択肢に在宅で自己投与できる皮下注が加わることで、治療の場が点滴施設から自宅へ広がりうる。治験責任医師が指摘した「ロジスティクス上の負担」の軽減は、長期投与を前提とする疾患では実務的な差になる。
第二に、一つの抗体技術が疾患領域をまたいで展開されている点である。中外のリサイクリング抗体技術を用いたIL-6R阻害薬が、NMOSDという神経領域から眼科領域のTEDへ適応を広げ、さらにMOGADの審査が進んでいる。IL-6経路という共通の標的を軸に、自己免疫疾患横断でポートフォリオを積み上げる形が見てとれる。
なお、SatraGO-1が主要評価項目を達成しなかった一方でSatraGO-2が有意差を示し、ロシュが「SatraGOプログラム全体のデータ」として承認に至った経緯は、同一デザインの双子試験をどう評価するかという点でも記録しておく価値がある。