何が起きたか
ノバルティス(スイス・バーゼル)は2026年4月24日(現地時間)、世界保健機関(WHO)が同社のCoartem®(アルテメテル・ルメファントリン)Babyを事前認証したと発表した。体重2〜5キログラムの新生児および低月齢乳児のために特別に開発された、世界初かつ唯一の抗マラリア薬とされる。一部の国ではRiamet® Babyとしても知られ、スイスの非営利組織Medicines for Malaria Venture(MMV)との協力のもとで開発された。なお、本製品は日本では未承認である。
WHOの事前認証(prequalification)は、マラリア、HIV/AIDS、結核などの疾患に対する治療薬の品質、安全性、有効性をWHOが評価するプロセスを指す。その結果として公表される事前認証取得製品リストは、国連機関やその他の調達機関が公的セクター向けの資金拠出や調達を判断する際に活用される。今回の認証は、援助資金を活用した調達と公的セクター調達の双方にとっての通過点にあたる。
ノバルティスは、マラリア流行地域において本治療薬を主として非営利ベースで提供している。同社のPresident of Global HealthであるLutz Hegemann博士は「今回の決定は、乳児が特別に開発された初の抗マラリア薬による治療を受けられるようになるための大きな一歩」と述べ、本治療薬がすでにガーナで導入されていることにも言及した。
WHOのDirector, Malaria and Neglected Tropical DiseasesであるDaniel Ngamije Madandi博士は、「この新たなアルテメテル・ルメファントリン製剤は、体重2〜5キログラムの小児における合併症のないマラリアの治療のために特別に開発された抗マラリア薬がこれまで存在しなかったという点で革新的」とコメントしている。
埋められなかった空白
背景にあるのは、長年続いた治療選択肢の空白である。これまで、体重4.5キログラム未満の乳児を対象として承認されたマラリア治療薬は存在せず、適切な選択肢は限られていた。実際の臨床現場では、マラリアに罹患した乳児に対してより年齢の高い小児向けの製剤が使われており、副作用や毒性のリスクが高まる可能性があった。
ガーナ・Ankaaseのメソジスト病院の小児科医、Emmanuel Aidoo博士は「医師はこれまで、マラリアというと比較的年齢の高い小児を対象に診断をしてきた。しかし、新生児が状態が悪化した場合、どのように対応をするべきか判断が難しい状況があった」とし、乳児向けに特別に開発され忍容性も良好な治療薬の登場を心強いと語る。
データの乏しさも課題として挙げられている。月齢の低い乳児におけるマラリアに関するデータは現在極めて限られており、その理由として、こうした乳児が抗マラリア薬の臨床試験に含まれることが稀である点が指摘されている。一方で、アフリカでは毎年、マラリアリスクのある地域で約3,000万人の赤ちゃんが生まれており、西アフリカ全域で実施された大規模調査では、生後6カ月未満の乳児における感染率が3.4%から18.4%の範囲で報告されている。
マラリア全体の状況も悪化している。最新のWHOデータによると、2024年には2億8,200万件の症例と61万人の死亡が報告された。症例数は前年より約900万件多く、前年から増加した症例のほぼすべてがアフリカで発生している。同地域では、5歳未満の小児がマラリアによる死亡の約4分の3を占める。
Coartem Babyは、MMVによる科学的・資金的支援を受け、欧州・開発途上国臨床試験パートナーシップとスウェーデン国際開発協力庁が共同出資するPAMAfricaコンソーシアムの一環として、ノバルティスによって開発された。MMVのCEOであるMartin Fitchet博士は「マラリアに罹患した新生児や低月齢乳児は、既存の治療薬がその子どもたちを念頭に置いて開発されていなかったため、あまりにも長い間、取り残されていた」と述べ、今回の事前認証を公衆衛生上の大きなマイルストーンと位置づけた。
業界にとっての意味
今回の発表で注目すべきは、承認そのものよりも「事前認証」という段階にある。WHOの事前認証リストは国連機関や調達機関の意思決定に使われるため、この取得は、製品が実際に流行地域の公的セクターへ流れる経路が開いたことを意味する。開発の完了と現場への到達のあいだには調達という工程があり、そこを通すための鍵がこの認証だということになる。
もう一つは、ビジネスモデルの置き方である。ノバルティスは本治療薬を主として非営利ベースで提供しており、同社は1999年以降、抗マラリア薬Coartemによる治療を11億コース以上提供し、その多くを利益を目的としない形で届けてきたとしている。また、2021年以降のグローバルヘルス研究開発に5億ドル以上を投じ、拡大する薬剤耐性への対抗が期待される非アルテミシニン系の新規抗マラリア化合物4つを含む、業界最大規模とされるパイプラインを構築しているという。収益を前提としない領域で、製品開発パートナーシップ(MMV)、公的資金(欧州・開発途上国臨床試験パートナーシップ、スウェーデン国際開発協力庁)、製薬企業が役割を分担する開発の形が、具体的な製品として結実した事例といえる。
臨床試験に組み入れられることが稀だった集団に向けて専用製剤を開発し、規制・調達の仕組みに乗せるまでを一つの流れとして設計する——Coartem BabyのWHO事前認証は、その流れが機能しうることを示した。