何が決まったか
argenx BV(アルジェニクス、CEO:カレン・マッセー)、株式会社テックドクター(代表取締役:湊和修)、国立大学法人東京科学大学(理事長:大竹尚登)の3社は、難病のうち特に自己免疫疾患を対象に、リアルワールドデータに基づくデジタルバイオマーカーの研究と戦略的プラットフォームの開発を目指す産学協働の研究拠点を立ち上げた。発表は2026年10月28日。
新たに設置されるのは「アルジェニクス・テックドクター デジタルバイオマーカー協働研究拠点」で、拠点長は東京科学大学 医歯学総合研究科 膠原病・リウマチ内科学分野の細矢匡准教授が務める。設置期間は2029年8月31日までの3年間を予定している。調印式には、テックドクターの湊和修代表取締役、東京科学大学の大竹尚登理事長、アルジェニクスジャパンの後藤太郎代表取締役が出席した。
3者はそれぞれ、アルジェニクスが自己免疫疾患の創薬に関する専門的知見・技術を、テックドクターがウェアラブルデバイスデータからデジタルバイオマーカーを開発する先進的技術を、東京科学大学が臨床フィールドや学術的知見を持ち寄る。これらを融合させ、「医薬品+デジタルのトータルヘルスケアソリューション」の社会実装に向けた取り組みを開始するとしている。
背景にある「点の評価」の限界
自己免疫疾患は、免疫系が自らの組織を攻撃することで発症し、長期にわたって治療が必要となる慢性の疾患群である。関節リウマチ、全身性エリテマトーデス、自己免疫性筋炎、全身性硬化症、シェーグレン病など多様な病態を含む。
リリースが課題として挙げるのは、評価のきめ細かさだ。これらの疾患は臨床症状や治療反応性に大きな個人差があり、患者一人ひとりの状態を適切に把握することが重要となる。しかし希少性から一律の治療の標準化が難しく、現状の診療は主治医の経験や専門医間の暗黙知に大きく依存している。疾患ごとにさまざまな臨床評価指標が用いられてはいるものの、定期的な診療だけでは、受診と受診の間に生じる症状や身体機能、日常生活の変化を十分にとらえきれない場合がある。
ここでウェアラブルデバイスが位置づけられる。活動量、睡眠の質、脈拍数などの生体データを非侵襲的かつ継続的に取得できることから、患者の日常生活における身体活動量や睡眠の変化を捉える新たな手段として期待されている。さらに、これらのデータと自律神経系の状態、疲労感などの自覚症状との関連を検討することで、従来の臨床評価を補完できる情報が得られる可能性があるという。外来受診時という一時点の評価にとどまっていた従来の医療に、常時の日常生活における指標を加えられる、という発想である。
なお、リリースの注記によれば、デジタルバイオマーカーとは、スマートフォンやウェアラブルデバイスなどから取得される日常的な生体データをもとに、疾患の有無や病状の変化、治療の効果を連続的かつ客観的に評価する指標を指す。従来のバイオマーカーが医療機関で一時的に測定される「点のデータ」であったのに対し、デジタルバイオマーカーは日常生活の「線のデータ」を継続的に取得できる点が特徴とされる。運動、睡眠、心拍などの指標をもとに、病気の早期発見や治療モニタリング、さらには薬剤開発における新たなエンドポイントとしても期待されており、海外では2019年頃から開発が進み、国内でも注目が高まっているという。
これまでの経緯と、拠点が目指すもの
今回が完全な白紙からのスタートではない点は押さえておきたい。テックドクターと東京科学大学は、これまで特定の疾患を対象にしたデジタルバイオマーカー開発の研究について協業を進めてきた。そこに、自己免疫疾患の抗体医薬開発に強みを持つ製薬企業であるアルジェニクスを新たに加えた3者体制とし、対象疾患を拡大するとともに、創薬あるいは臨床応用での活用を目的とした研究・開発を加速させる、という構図である。
拠点が掲げる出口は二つの方向に分かれている。一つは医薬品開発側で、研究活動で得られた成果を治験における評価指標や患者選択基準へ応用し、開発の効率化に貢献すること。もう一つは上市後の診療側で、患者ごとの治療反応性の予測や日常的な病状モニタリングを可能にし、より個別化された薬剤選択・治療調整を支援することだ。その上で、デジタルバイオマーカーの収集・解析・活用を通じて研究開発から診療支援までを一貫して支える基盤=戦略的プラットフォームへと発展させていくことを目指すとしている。
業界にとっての意味
製薬企業が大学とデジタル計測技術の企業と組む、という枠組み自体は目新しさだけで語れるものではない。注目すべきは、拠点の設計が「創薬」と「市販後の診療」の両方を同じプラットフォーム上に置いている点だろう。治験のエンドポイントや患者選択基準に使える指標と、日常のモニタリングに使える指標を切り離さずに育てるという発想は、データの連続性をそのまま事業の連続性に変換しようとする試みと読める。
また、リリースが「主治医の経験や専門医間の暗黙知に大きく依存している」と現状を明示していることも示唆的だ。希少で標準化が難しい疾患領域において、暗黙知を客観的な指標に置き換えられるかどうかが、この拠点の成否を測る一つの軸になる。設置期間は3年間。その間にどこまで臨床評価を補完しうる指標が形になるかが問われる。