何が決まったか
塩野義製薬は、2027年4月に予定している人事制度改定で、現在60歳の定年を65歳へ延長する。同社が2026年11月4日に自社サイトの「SHIONOGIジャーナル」で公開した記事のなかで、改定プロジェクトメンバーである人事部国内制度・採用グループの髙橋直也氏が内容を説明した。
改定の柱は三つある。第一が定年延長だ。これまでは60歳で定年を迎えたのち再雇用契約に切り替わり、処遇水準が大きく下がる仕組みだったが、これを廃止し、正社員として65歳まで働き続けられるようにする。65歳以降についても、本人と会社双方の意思が合えば、業務成果に基づき年齢上限を設けずに就業を継続できる仕組みを設ける。65歳以降は1年ごとの更新を想定しているが、具体的な雇用条件や更新の基準、処遇はこれから詰める段階だという。髙橋氏は「一部の限られた人だけが契約延長できるような制度にするつもりはない」とし、同社が「実質的な定年廃止」と説明する趣旨は、年齢だけを理由に雇用が閉ざされる「壁」を取り除くことにあると述べている。一方で、65歳まで働くことを全従業員に求める制度ではないとも明言している。60歳以降の評価・処遇は、それ以前と同じく担う役割や貢献に応じる考え方を維持する。
第二が退職給付制度の再設計だ。現在は確定給付企業年金(DB)、確定拠出年金(DC)、退職一時金の三つがあるが、改定後はDBとDCをDCへ一本化し、退職一時金を廃止する。過去に積み立ててきたDBと退職一時金の積み立て相当分は、従業員自身のDCへ移す。今後は会社がDCに掛金を拠出し、退職給付制度説明会などの学ぶ機会を設けたうえで、従業員自身が運用商品を選ぶ形になる。
第三が従業員への株式付与である。ただしこれは現在検討中のもので、今後の審議・手続き等により変更となる可能性があると同社は注記している。
これまでの積み重ねの延長線上
同社は以前から、働き方と処遇の制度を段階的に見直してきた。フレックスタイム制を導入したほか、副業や選択週休3日制を導入し、働き方の選択肢を広げてきた。処遇面では2023年に評価・等級制度を改定し、あわせて等級の再格付けも実施。年齢や勤続年数ではなく、担う役割や発揮した力に応じて評価・処遇する仕組みとし、昇グレード・降グレードを行う。単年での昇グレードも可能で、30代半ばのマネジャーも以前より誕生しやすくなったという。
髙橋氏は、今回の改定を「従業員の成長機会を制約するものを一つずつ取り除いてきた流れの延長線上にある」と位置づけ、新たに取り除く制約が「年齢」だと説明する。課題解決型ではなく、これまでの取り組みを発展させるための改定だという整理だ。
背景には事業環境の変化もある。一連の人事制度改定は、SHIONOGIグループの「2030年Vision」達成とその先の持続的成長に向けた人材・組織基盤づくりの一環と位置づけられている。グローバル展開を進めるうえで、等級・評価・報酬については各国の法律や雇用慣行を踏まえつつ、グループ内で共通の考え方や尺度を持つことが重要になるとする。国内では、M&A後の会社統合により異なる制度のもとで働いてきた人たちが塩野義製薬に合流するため、出身会社によって処遇や活躍の機会に差が生じないよう制度統合も進めている。定年延長、グローバル化対応、会社統合に伴う制度統合は、独立した取り組みではなく一連の人事制度改革だという。
「全体で見てほしい」という設計思想
今回の内容で注目されるのは、定年延長と退職一時金廃止が同時に進む点だ。髙橋氏自身、「退職一時金の廃止だけを切り取れば、従業員にとって不利益な改定に見えるかもしれない」と認めたうえで、定年延長や65歳以上の処遇、キャリアの選択肢も含め、制度全体として従業員にプラスに働くよう設計していると説明する。雇用期間が延びて給与の支給期間も長くなる変化を踏まえ、退職後の生活を支えるという考え方は維持しつつ、従業員自身が資産形成・運用を行うDC中心の制度へ移すという論理である。
製薬業界では、MRから本社機能、研究開発から事業開発まで職種の幅が広く、専門性の蓄積が長期にわたる。年齢を理由に処遇が切り替わる仕組みを外すことは、経験や知見を持つ人材の流出を抑える方向に働きうる。同時に、評価・処遇が年齢ではなく役割と貢献で決まる以上、長く働くこと自体が処遇を保証するわけではない。髙橋氏は「選択肢が増える分、自分のキャリアを自分ごととして考える責任も大きくなる」と述べ、会社側もキャリア研修や人事制度説明会、退職給付制度説明会を設け、1 on 1で相談できるようマネジャー層への研修も行うとしている。
髙橋氏は2016年に新卒入社しMRとしてキャリアを始め、2021年に社内公募で広報部IRグループへ、2025年に二度目の社内公募で人事部へ異動した30代だ。制度をつくる側であり、制度の影響を受ける従業員でもある人物が説明に立つ構図自体が、同社の訴えたいメッセージを映している。