仏サノフィは2026年10月30日の決算説明会で、イーライリリーがアトピー性皮膚炎の治療薬Ebglyssの広告を強めていることについて、「恩恵の大半を受けるのは、(デュピクセントで)最大のシェアを持つ私たちだ」と述べた。

米国では、製薬企業がテレビなどで処方薬の広告を一般の消費者に向けて流す(DTC)ことができるため、こうした疾患啓発はより顕著だが、日本でも製薬会社による疾患啓発施策はトップシェア企業に利するということは多く言われている。その点について、実際の事例を整理する。

https://www.fiercepharma.com/marketing/sanofi-tips-dupixent-reap-most-rewards-eli-lillys-ebglyss-ad-push
https://finance.yahoo.com/quote/SNY/earnings/SNY-Q3-2026-earnings_call-660156.html

1 サノフィの発言

サノフィは決算説明会でのUBSのアナリストがリリーがEbglyssについて「非常に積極的に発信し、DTC広告を強めている(getting much more vocal on Ebglyss and stepping up DTC)」ことに触れ、薬剤給付管理会社(PBM)との価格交渉の時期を迎えるなかで、来年に処方薬リストの大きな変更や実勢価格の変化が起きるリスクはないかを尋ねた。

それに対してサノフィのスペシャリティケア部門長は、アトピー性皮膚炎では生物学的製剤などの先進的治療を受けている患者が約20%にとどまると説明したうえで、Ebglyssや他の競合品、そしてサノフィ自身がDTC広告などを通じて患者を啓発することで、この分野のすべての製品の認知を高めることが必要と述べ、「この分野で大半のシェアを持つ私たちが、恩恵の大半も受ける (most of the benefits of rivals’ DTC campaigns will flow to Dupixent because it has the largest share of the market)」と語っている。

2 アトピー性皮膚炎市場の構図

7〜9月の売上は、デュピクセントが56.87億ユーロ(約1兆410億円、為替の影響を除いて34.8%増)、Ebglyssが2.02億ドル(約321億円、59%増)だった(図1)。換算するとデュピクセントは約64億ドル(約1兆180億円)で、Ebglyssの約30倍の規模になる。デュピクセントは2017年にアトピー性皮膚炎で承認され、喘息やCOPDなど最大9つの適応を持つのに対して、Ebglyssはデュピクセントの7年後に発売され、適応はアトピー性皮膚炎に限られている。

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図1 デュピクセントとEbglyssの売上(2026年7〜9月)

リリーは2025年3月にEbglyss初のDTC広告を始めており、肌の色が濃い人ではアトピー性皮膚炎の見え方が異なることに着目し、さまざまな肌の色や年齢の患者を登場させてこうした患者での有効性のデータを前面に出している。

https://investor.lilly.com/news-releases/news-release-details/lilly-reports-third-quarter-2026-financial-results-raises-full
https://www.fiercepharma.com/marketing/lillys-1st-dtc-ebglyss-campaign-highlights-eczemas-effects-range-skin-tones-and-age

3 疾患啓発に関する研究が示すこと

ある企業の広告が競合品の需要も押し上げる現象は、正の波及効果として研究されてきている。

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図2 医薬品の消費者向け広告の波及を調べた2つの研究

1つ目は、シカゴ大学による抗うつ薬の研究で、2018年に経済学の専門誌Journal of Political Economyに掲載されている。1999年9月から2003年12月までのテレビ広告と処方のデータを使い、テレビ広告の放送地域の境界をはさんで隣り合う郡を比べている。境界の両側では、気候や景気などの条件は似ているが、流れる広告は異なっており、分析の結果、抗うつ薬のテレビ広告は競合品の需要にも有意なプラスの波及を持ち、短期的には分野全体を広げる効果がブランド間の奪い合いを上回っていた。また、競合他社が広告を増やすと自社の広告を減らす傾向があり、論文はこれをただ乗りとしている。各社が協調して広告した場合、広告量は実際の約4倍、分野全体の処方は18%、利益は14%増えると試算しており、論文はこの数字を上限とみなすべきだとしている。

シカゴ大学のビジネス誌は、この研究を「競合他社が広告すると製薬企業は得をする」と紹介している。視聴者は病気のことは覚えていても、ブランド名は忘れることが多く、最終的にどの薬を処方するかは医師が決めるためだと説明している。

2つ目は、ペンシルベニア大学ウォートン校によるスタチン(脂質異常症治療薬)の研究。2008年の米国で、大統領予備選挙の選挙広告がテレビの放送枠を占め、医薬品の広告が流れなくなった時期と地域を、自然の実験として利用した。その結果、特許期間中のブランド品の広告は、主にブランド間で患者を奪い合う効果を持っていた。一方で、広告をきっかけに受診した患者には特許切れの安い薬が処方されることがあり、その例としてゾコールが挙げられている。ここでは、恩恵はシェア首位の製品ではなく、医師が選びやすい安い薬に流れている。

https://www.journals.uchicago.edu/doi/10.1086/695475
https://knowledge.uchicago.edu/record/13936/files/Positive-Spillovers-and-Free-Riding-in-Advertising-of-Prescription-Pharmaceuticals.pdf
https://www.fiercepharma.com/dtc-advertising/pharma-tv-ad-study-finds-drug-rivalries-have-fringe-benefit

4 ATTR心筋症:開拓者と後発参入者

希少疾患であるATTR心筋症では、ファイザーが市場を開拓してきた経緯がある(図3)。同社のVyndaqel/Vyndamaxは2019年5月に米国で承認され、ファイザーは2020年1月の決算説明会で啓発と診断の推進により約9,000人が診断され、約5,500人に処方、約3,000人が治療を始めたと説明している。

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図3 ATTR心筋症での市場開拓と後発参入

その後、アルナイラムとBridgeBioが参入しており、2025年12月には米国の患者が25万〜30万人と推計されており、適切に診断されているのは約5分の1だと報道されている。同じ記事によると、2025年7〜9月のファイザーの同製品群の米国売上は9.48億ドル(約1,510億円)で、前年同期比1%減っており、これだけ見ると競合も含めた疾患啓発の恩恵は少ない可能性がある。BridgeBioのCEOは当時、新規患者の中でのAttrubyのシェアを20%台に十分入っているとし、競合が増えれば啓発への投資も増えて市場の拡大が速まるとしていた。

https://www.fiercepharma.com/pharma/pfizer-s-vyndaqel-off-and-running-9-diagnosis-rate-to-end-2019-execs

https://www.fiercepharma.com/pharma/pfizer-reported-attr-sales-decline-us-should-alnylam-bridgebio-worry

https://www.fool.com/earnings/call-transcripts/2026/10/30/bridgebio-bbio-q3-2026-earnings-call-transcript/

5 肥満症:疾患啓発が飛び交う中、後発のリリーがトップシェアに

肥満症を例にとると、ノボノルディスクが先に市場を開拓しており、同社の肥満症治療薬ウゴービが2021年6月に米国で承認された後に疾患啓発キャンペーン「It's Bigger Than Me」を始めて積極的に啓発を行なっていた。

米CNBCが広告分析会社MediaRadarのデータとして伝えたところでは、2023年の広告費は、ノボのウゴービが2.63億ドル(約418億円)、オゼンピックが2.08億ドル(約331億円)、リベルサスが1.99億ドル(約316億円)、リリーのマンジャロが1.39億ドル(約221億円)だった(図4)。リリーの肥満症治療薬ゼップバウンドは2023年11月の承認である。

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図4 肥満症・糖尿病治療薬の広告費(2023年)と米国処方シェア(2026年7〜9月)

それから3年経過し、リリーの決算説明会資料によると米国のインクレチン製剤の処方シェアは、リリーが63.0%、ノボが36.6%となっている。肥満症のマーケットは間違いなく啓発効果もあり大きくなり続けているが、後から参入したリリーが首位に立っている。ただ、これには疾患啓発だけでなく製品の効果、供給、価格、保険償還などの要因もあるため、一概には判断できない。

https://www.fiercepharma.com/marketing/queen-latifah-tackles-obesity-tv-inspired-awareness-campaign-for-novo-nordisk

https://www.cnbc.com/2024/04/03/weight-loss-diabetes-drug-ad-spending-tops-1-billion.html

6 以上を踏まえて

ここまでの事例を並べると、競合品への波及が実際に起きていた研究もあれば、疾患啓発の結果安い薬剤に流れたりするケースもある。また、ATTR心筋症のように、広がった市場で後発参入者が利するケースもある。

今後、サノフィの4割の売上を占めるデュピクセントがどのように疾患啓発の恩恵を受けていくかが注目される。