何が示されたか
PwCコンサルティング合同会社は2026年10月16日、連載「創薬地図を塗り替える中国製薬企業と、日系製薬企業への羅針盤」の第1回として、中国製薬企業がジェネリック中心の製造業から新薬研究とグローバル展開を志向する産業へ転換したとする分析を公開した。
事実――市場、パイプライン、海外承認の数字
報告によれば、中国の医薬品市場規模は2030年に2兆9911億元(約4,420億米ドル/63兆円)に達すると予測され、米国に次ぐ世界第2位の市場として拡大が続く見通しだ。カテゴリー構成も変わり、バイオ医薬品の構成比は2016年の14%から2025年には35%へ上昇、2030年には43%に達すると予測される。年平均成長率は2016~2022年の約18%から2022~2030年には約9%へ鈍化するが、市場全体を上回る成長を維持するとしている。
企業数では、医薬品製造許可を保有し商業化された製品パイプラインを持つ「製造型製薬企業」が約3,200社、自社製造を行わない「研究開発型製薬企業」が約5,000社とされる。開発面では、2025年に中国で開始された新薬開発案件は1,373件で、米国の1,809件に次ぐ世界第2位。世界の新薬開発パイプライン規模上位25社のうち5社を中国企業が占める。新規モダリティの世界の開発パイプラインでは、30%~50%以上を中国が占めるという。
海外承認の実績も積み上がっている。2019年に百済神州(BeOne Medicines)のBTK阻害薬zanubrutinib(BRUKINSA)が、中国製薬企業が創製・開発した革新的医薬品として初めてFDA承認を取得。2023年には和記医薬(HUTCHMED)のフルキンチニブ(FRUZAQLA)、上海君実生物医薬(Junshi Biosciences)の抗PD-1抗体toripalimab(LOQTORZI)、2024年には百済神州の抗PD-1抗体tislelizumab(TEVIMBRA)が米国で承認された。欧米で承認された中国企業発の革新的医薬品は2026年9月時点で11品目。日本では、微芯生物のツシジノスタット(ハイヤスタ)、海和薬物のグマロンチニブ(ハイイータン)、和記医薬のフルキンチニブ(フリュザクラ)、百済神州のザヌブルチニブ(ブルキンザ)の4品目が同時点で承認されている。
ライセンスアウトも拡大し、2025年の中国製薬企業による海外向けライセンスアウトは115件、総額は約70億米ドル。三生製薬とファイザー、信達生物と武田薬品工業、恒瑞医薬とGSKの取引では、契約時の一時金だけで数億米ドルから10億米ドルを超える規模になったとされる。
背景――人材、制度、資金
報告は変化の要因を「ヒト、仕組み、カネ」の3点に整理している。第一に人材。2005年以降、欧米大手製薬企業で経験を積んだ中国人研究者や事業開発人材が相次いで帰国し、政府による研究資金、報酬、住居、子どもの教育環境の提供が後押しした。帰国後に自らバイオベンチャーを設立し、CEOやCSOとして経営に携わる道が開けたことも背景とされる。代表例として百済神州、信達生物、上海君実生物医薬、栄昌生物、康方生物が挙げられている。
第二に仕組み。2016年に試行導入されたMAH(医薬品市販承認取得者)制度は、承認保有者と製造者の分離を可能にし、分業型の創薬モデルを成立させた。2015年以降の薬事審査制度改革により、INDの審査期間は平均27カ月から60営業日へ、NDAは平均26カ月から12~18カ月へ短縮された。CRO市場は2016年の220億元(約33億米ドル/4,623億円)から2025年には1,583億元(約236億米ドル/3兆3,242億円)へ拡大している。政策面では2016年の「Health China 2030」、2017年の審査承認制度改革、2019年の薬品管理法が挙げられる。
第三に資金。2018年に香港証券取引所がバイオテック企業向け上場制度を整備し、2019年には上海証券取引所に科創板(STAR Market)が開設され、未収益企業にも上場の道が開かれた。2021年には中国製薬企業のIPO件数が過去最高となり、募集額は約1,000億元(約149億米ドル/2兆3,690億円)に達したとされる。
意味――「低コスト市場」という前提の失効
海外展開が加速する理由として報告が挙げるのは、2015年以降の全国規模の医薬品集中購買による薬価引き下げ、医療保険基金の支出管理、国内競争の激化により、中国国内販売だけでは研究開発投資を回収しにくくなっている点だ。海外展開は成長の選択ではなく、投資回収のための経営課題と位置づけられている。
ただし米国市場は無条件の機会ではない。バイオセキュア法(BIOSECURE Act)は、米国政府と「懸念されるバイオテック企業」との取引などに政府資金の供与を制限する方向性を示したもので、中国系CRO・CDMOが対象として念頭に置かれているとされる。報告は、欧州・日本・東南アジアなど複数地域での体制構築や、海外NewCoを通じた事業の一定程度の分離を選択肢として示している。
日本の製薬企業にとっての含意として、報告は中国を「低コスト市場」「製造拠点」とだけ見る視点はすでに現実からずれていると指摘。重要な市場であると同時に、新薬研究の提携先、ライセンス導入元、将来的な競争相手でもあるとした。同質化競争、資金調達環境の変化、商業化の難しさといった課題も併記されている。次回は、日本製薬企業が中国発イノベーションをどう取り込むかを扱うという。