何が発表されたか
ロシュ(SIX: RO, ROP; OTCQX: RHHBY)は2026年10月21日、スイス・バーゼルで、多発性硬化症(MS)を対象とする治験薬フェネブルチニブの新たな第III相データを公表した。慢性的な脳内炎症のマーカーを低減し、実対照薬と比べてより包括的な疾患コントロールを示したとしている。
これらのデータは、オクレバス(オクレリズマブ)およびエンスプリング(サトラリズマブ)の新データとあわせ、10月21日から23日までカナダ・トロントで開催される MSToronto2026(第10回 ACTRIMS-ECTRIMS 合同会議)で、40を超える演題として発表される。フェネブルチニブのレイトブレイキング発表と、エンスプリングの「Best of MSToronto2026」セッションでの発表が含まれる。
ロシュの最高医療責任者(CMO)兼グローバル開発責任者であるレビ・ガラウェイ氏は、「長期的な障害進行への対応は、神経炎症性疾患、とりわけ多発性硬化症において依然として重要な課題だ」と述べ、フェネブルチニブが中枢神経系の内外で疾患活動性を抑制しうることが、再発型および一次性進行型MSの治療を変える可能性を裏づけるとしている。
フェネブルチニブ:数字で見た結果
再発型MS(RMS)を対象とするFENhance 1・2と、一次性進行型MS(PPMS)を対象とするFENtrepidの各試験から、以下のデータが示された。
慢性活動性病変の減少(レイトブレイキング口演 #O137):第III相試験として初めて、慢性活動性病変への治療効果を前向きに示した。実対照薬との比較で、緩徐拡大病変(SEL)の容積を、RMS(96週間)およびPPMS(120週間)において最大30%減少させた(p<0.001)。RMSではさらに、常磁性リム病変(PRL)の蓄積を62%減少させた(p=0.001)。
包括的な疾患コントロール(ポスター #P1434):RMS試験の統合解析では、フェネブルチニブ投与患者の4分の3(75%)が、約2年時点で疾患活動性の証拠なし(NEDA-3、すなわち再発ゼロ・MRI活動性ゼロ・障害悪化ゼロ)を達成し、対照薬比で70%の減少(p<0.001)を示した。
脳容積と機能の維持(口演 #O089):RMS統合データで、96週間にわたり年間再発率(ARR)を対照薬比55%減少(p<0.001)。加えて、年間の全脳容積減少を23%抑制(p<0.001)、12週複合確定障害進行を16%低減した(p=0.04)。
フェネブルチニブは、中枢神経系に移行する経口の可逆的・非共有結合型ブルトン型チロシンキナーゼ(BTK)阻害剤である。多くの既存BTK阻害剤が共有結合型かつ非可逆的で酵素と恒久的な化学結合を形成するのに対し、フェネブルチニブは結合後に酵素を解離する。B細胞とミクログリアの両方を標的とする設計で、B細胞を介して再発の原因となる急性炎症を、脳内のミクログリアを介して長期的な障害進行を駆動すると考えられる慢性的な損傷を、それぞれ抑えることを狙う。
オクレバスとエンスプリング
オクレバスについては、小児から高齢者までの幅広いMS患者集団でのデータが示された。第III相OPERETTA 2試験では、試験参加時に10〜17歳だった再発寛解型MS(RRMS)の小児のうち、90%が2年間再発なしを維持した(#P1439)。オクレバスは標的B細胞を選択的に除去し、他の免疫細胞への影響はほとんど認められず(#P1407)、一般的な小児期ワクチンに対する既存免疫は81〜100%の患者で保持された(#P1415)。欧州委員会はこの適応を10月15日に承認しており、FDAによる承認は5月に先行していた。
第IIIb相CONSONANCE試験(ポスター #P1426)では、55歳超の参加者の53%が2年後に障害進行を示さず、若年の参加者(55%)と同程度だった。また実臨床データでは、オファツムマブからオクレバスへ切り替える主な理由は進行であり(ePoster #EP2733)、1年間治療を受けた患者の別解析では、オクレバスはより低いMRI病変活動性と関連していた(ポスター #P0305)。
エンスプリングについては、MOGAD(ミエリンオリゴデンドロサイト糖タンパク質抗体関連疾患)を対象とする主要試験METEOROIDの探索的解析が示された。再発リスクの有意な低下(AAN 2026で発表)に加え、回復の改善と障害進行の抑制との関連が示唆された。口演 #O035では、再発後12週時点の回復がプラセボに対して数値的に良好で(EDSS中央値変化 -2 対 -0.5)、二重盲検期終了時または初回再発時のEDSSでは、エンスプリング群が中央値0で安定していたのに対し、プラセボ群は中央値0.5の悪化を示した。米国での承認可否の判断は2027年1月に見込まれている。
業界にとっての意味
今回のデータの要点は、MS治療の評価軸が「再発を減らす」から「脳内で進行する慢性炎症に手を届かせる」へ広がりうることにある。SELとPRLという慢性活動性病変に対する治療効果を第III相で前向きに示したのは今回が初めてであり、長期的な障害進行の主要因とされてきた標的に、経口薬が到達しうることを示した点が新しい。フェネブルチニブは、再発型と一次性進行型の双方に対する初の高有効性経口薬となる可能性が位置づけられている。
また、オクレバスが10歳の小児から55歳超の成人まで一貫した効果を示したこと、エンスプリングがNMOSDに続きMOGADという治療選択肢の乏しい疾患へ広がろうとしていることは、ロシュが神経免疫領域で年齢層と疾患の双方に幅を持たせていることを示す。エンスプリングは中外製薬が創製し、同社独自の抗体リサイクリング技術を用いたIL-6受容体阻害剤であり、現在約90カ国でNMOSDに承認され、1万6,000人を超える患者で安全性プロファイルが確立されている。米国では甲状腺眼症(TED)の適応でも承認されている。MOGADでの承認が得られれば、同疾患で初のFDA承認治療となる。