何が起きたか

ロシュは2026年10月25日(バーゼル)、治験薬である次世代経口KRAS G12C阻害薬ジバラシブが、既治療のKRAS G12C変異非小細胞肺がん(NSCLC)を対象とした第III相Krascendo 1試験において、現行の標準治療である第一世代KRAS G12C阻害薬(ソトラシブまたはアダグラシブ)に対し、全生存期間(OS)および無増悪生存期間(PFS)で統計学的に有意な改善を示したと発表した。データは2026年欧州臨床腫瘍学会(ESMO)学術集会のプレジデンシャル・シンポジウムでレイトブレイキング演題として発表され、同時にThe New England Journal of Medicineに掲載された。

試験の数字

Krascendo 1(NCT06497556)は、次世代KRAS G12C阻害薬を承認済みの第一世代阻害薬と直接比較した唯一のグローバル head-to-head 試験である。局所進行または転移性のKRAS G12C変異NSCLCの既治療患者338人を、ジバラシブ1日1回投与群(n=167)と、ソトラシブ1日1回またはアダグラシブ1日2回投与の対照群(n=171)に無作為割り付けした。主要評価項目は盲検下独立中央判定(BICR)によるPFS、副次評価項目はOS、確定奏効率(ORR)、奏効期間(DOR)などである。

主な結果は次のとおり。OS中央値はジバラシブ群17.7カ月、対照群12.0カ月で、死亡リスクを44%低下させた(HR 0.56、95%CI 0.41-0.78、p=0.0005)。PFS中央値は9.8カ月対5.7カ月で、病勢進行または死亡のリスクを42%低下させた(HR 0.58、95%CI 0.44-0.76、p<0.0001)。12カ月PFS率は44%対24%、確定ORRは58%対32%とほぼ2倍、DOR中央値は11.9カ月対6.9カ月だった。なお奏効に関する評価は奏効評価可能集団(n=328、ベースラインで測定可能病変のなかった10人を除外)で、DORは奏効例(ジバラシブ群94人、対照群54人)で評価された。OSとPFSのベネフィットは臨床的に重要なサブグループ間で一貫しており、PD-L1発現やKEAP1変異の有無にかかわらず認められた。

安全性では、ジバラシブに新たな懸念は認められず、プロファイルはKRAS G12C阻害薬のクラス効果として既知のものと一致した。最も多かった治療関連有害事象(TRAE)は消化器毒性(下痢、悪心、嘔吐)と肝毒性で、主に低グレードかつ管理可能だった。TRAEによる治療中止は4.8%対11.7%、重篤なTRAEは7.8%対15.2%と対照群のおよそ半分で、投与期間はジバラシブ群11.3カ月、対照群5.0カ月と2倍以上長かった。

背景

KRASは肺がんで最も高頻度に変異する遺伝子の一つで、新規診断の肺がんの約25%に認められ、予後不良と関連する。G12C変異はKRAS変異のなかでも最も一般的なものの一つで、NSCLC症例の約12〜14%、およそ8人に1人に見られる。肺がんは世界のがん死亡原因の第1位で、年間180万人が死亡し、NSCLCが全体の約85%を占める。第一世代のKRAS G12C標的治療薬はすでに承認されているが、より有効な治療選択肢に対する大きなアンメットニーズが残っていた。

ジバラシブはロシュとジェネンテックの研究者が創製した、KRAS G12Cタンパク質に選択的に結合して不活性型に固定する経口薬で、非臨床試験では第一世代薬より高い効力と選択性が示されていた。米国食品医薬品局(FDA)は2022年にブレークスルーセラピー指定を、2026年にはKRAS G12C変異NSCLCに対する希少疾病用医薬品指定を付与している。

業界にとっての意味

今回の結果は、プラセボや化学療法ではなく、すでに承認された同クラスの薬剤を比較対照に置いた直接比較で得られた点に重みがある。有効性と安全性の両面で差がついたこと、とくに投与期間が2倍以上長いにもかかわらず重篤なTRAEと治療中止が少なかったことは、既治療KRAS G12C変異NSCLCにおける標準治療の置き換えを正面から狙った設計が結実した形といえる。

ロシュのレヴィ・ガラウェイ氏は「現行標準治療に対する優越性がジバラシブのベストインクラスのプロファイルを裏づける」とし、規制当局と緊密に協議していると述べた。試験の筆頭著者であるMDアンダーソンがんセンターのフェルディナンドス・スクリディス氏は、既治療のこの集団でOSを意味のある形で改善した初のKRAS阻害薬だとして、診療を変える可能性を指摘している。

ロシュはNSCLCで単剤および化学療法を用いない併用の双方を含む第III相開発プログラムを進めており、未治療一次治療のKrascendo 2(ジバラシブ+ペムブロリズマブ対化学療法+ペムブロリズマブ)、切除後のStage II〜IIIBを対象とする術後補助療法のKrascendo 3が走る。ジバラシブは、変異選択的阻害薬やパンRAS阻害薬を含むRASシグナル経路標的パイプラインの中核に位置づけられている。日本市場との関係では、ロシュが日本の治療用抗体領域の主要企業である中外製薬の筆頭株主である点が、今後の展開を見るうえでの前提となる。なお本稿時点でジバラシブは治験薬である。