何が公表されたか

マッキンゼーは2026年10月26日、「日本の製薬オペレーションの未来を拓く」と題した記事を公開した。執筆はOrlando Ramirez Cardenas、Raymond Chan、Vishnukaant Pitty、Yusuke Nishikawaの4氏(Pitty氏はコルカタオフィス、他3氏は東京オフィスのパートナー)。レポートはエグゼクティブサマリーと全3章で構成され、日本の製薬産業の歩み、オペレーションを取り巻く環境変化、そして次世代オペレーションに向けた実行アジェンダを扱っている。

提示された数字は明快だ。2024年の日本の市場規模は約750億ドルで、世界有数のバイオ医薬品市場としての地位を維持している。一方で、2019年から2024年にかけての年平均成長率は約1.5%にとどまった。薬価制度改革の継続、新薬上市ペースの鈍化、後発医薬品・バイオシミラーの普及が、その背景として挙げられている。

後発品のシフトは数字にも表れている。2024年には特許切れ医薬品市場における後発医薬品の数量シェアが80%を超え、バイオシミラーも2023年に市場価値ベースで約34.3%まで拡大した。高齢化も進み、2024年には65歳以上人口が総人口の29%を占めている。

レポートは、経営陣に問われているのは「オペレーションを次の段階へ進化させるべきかどうかではない。競争力と安定供給を確保するために、その進化をいかに迅速に実現するか」だと位置付けている。

強みと、そこに生じた亀裂

レポートは日本の競争力を支えてきた要素として4点を挙げる。第1に研究開発力で、2023年には日本企業が世界売上上位100品目のうち8品目を創出し、出願人国籍ベースの特許出願件数では米国、ドイツに次ぐ世界第3位に位置する。第2に薬事制度で、新薬の審査期間は中央値で12カ月未満。2025年の薬機法改正では、小児医薬品、希少疾病用医薬品、再生医療等製品を対象とした制度整備が進んだ。第3に国民皆保険制度のもとでの安定した国内市場、第4にPMDAが運用する先駆け審査指定制度および優先審査制度である。

しかし、環境は変わりつつある。2020年から2023年にかけて国内の後発医薬品メーカーで品質問題が相次ぎ、厚生労働省は査察を強化した。製造現場のデジタル化も十分とは言い難く、レポートは国内工場では手作業を前提とした業務プロセスが広く定着していると指摘する。電子バッチ記録や予知保全の取り組みは進みつつあるものの、多くは実証段階にとどまり、レガシーシステムの制約もあって本格展開には至っていないという。日本の製造業の労働生産性はOECD平均を25〜30%下回っている。

モダリティの構成も変化している。mRNA、細胞・遺伝子治療、抗体医薬、ペプチド・タンパク質医薬などの新たなモダリティは、2018年から2023年にかけて年平均13〜14%で上市件数を伸ばし、従来型医薬品の5〜6%を上回った。創薬パイプラインに占める割合も20年間で31%から50%へ拡大している。レポートは、日本企業は低分子医薬品では高い競争力を築いてきた一方、バイオ医薬品の製造能力では十分な競争優位を確立できていないとし、中外製薬を例外として挙げている。

提示された技術と数値目標

第3章では、ゼロエラー・オペレーション、自律型製造、小規模・モジュール型製造、CDMOとの連携、グリーンネットワークが柱として示される。

具体的な数値も複数挙げられている。生成AIはライフサイエンス業界全体で600億〜1,100億ドルの価値を創出する可能性があり、うち40億〜70億ドルが製薬オペレーションから生まれると見込まれる。初期の活用事例では設備総合効率(OEE)の10〜15%向上、サプライチェーンコストの2〜3%削減が示されている。連続生産については、製造変換コストを最大50%削減、製造リードタイムを約10分の1に短縮、設備設置面積を最大80%縮小できるとの分析が示され、2024年時点でFDAでは14品目を超える医薬品が連続生産で承認された。日本でもPMDAが「革新的製造技術ワーキンググループ」を通じて連続生産を重点分野と位置付けている。

自律型プランニングでは、計画・在庫コストを30%以上削減し、リードタイムを25〜40%短縮できる可能性が示された。サステナビリティ面では、世界の製薬企業上位20社のうち10社が2030年までに温室効果ガス排出量を30%以上削減する目標を掲げる一方、Scope 3が業界全体の排出量の約70%を占めると指摘されている。

実行のロードマップは段階的だ。今後6〜12カ月でデジタル技術の実証導入、サプライチェーンの再評価、CDMOとの連携強化。続く1〜3年で自動化への重点投資を拡大し、サステナビリティを調達・製造に組み込む、という順序が示されている。

業界にとっての意味

このレポートの要点は、日本の製薬産業の課題が「創薬力」ではなく「オペレーション」の側に置かれていることだ。特許出願件数世界3位、審査期間12カ月未満という強みは維持される一方、手作業依存の製造現場とOECD平均を25〜30%下回る製造業の労働生産性が並べて示される構成は、投資の優先順位を研究開発の外側に向けるよう促している。

CDMOの扱いも示唆的である。レポートは、次世代モダリティの製造能力をすべて自社で整備するには多額の投資と専門人材が必要だとし、CDMOとの戦略的連携を日本のイノベーション基盤強化の手段として位置付ける。日英両言語に対応した技術移管の標準テンプレートやガバナンスモデルの整備という具体的な提案は、国内CDMOがグローバル市場で受注を取りに行く際の実務的な論点を示したものと読める。

市場成長が1.5%にとどまるなか、国内市場の拡大を前提とした計画は組みにくい。レポートが新興国市場(世界平均7.4%を上回る成長)やニアショアリング、分散型ネットワークに紙幅を割いているのは、成長の源泉を国内の外に求める必要性を数字で裏付けた結果といえる。2024年のインタビューで業界リーダーが語ったという「投資判断が、今後10年間、グローバル市場で競争力を維持できるかどうかを左右する」という言葉は、このレポート全体の問題意識を端的に示している。