何が発表されたか
ロシュ(SIX: RO, ROP/OTCQX: RHHBY)は2026年10月28日、スイス・バーゼルで、「VENTANA BAP1(SP527)」検査のグローバル発売を発表した。これは自動化されたready-to-useの免疫組織化学(IHC)アッセイで、臨床医と病理医が悪性中皮腫を正確に同定し、非小細胞肺がん(NSCLC)を含む他の悪性腫瘍と区別することを支援する。
規制上の位置づけも資料に明記されている。本アッセイは米国食品医薬品局(FDA)にClass I IVDとして登録され、IVDRではClass C機器として承認を受けており、グローバルに提供される。
製品の正式名称はVENTANA BAP1(SP527)Rabbit Monoclonal Primary Antibodyで、染色体3p21に位置する腫瘍抑制マーカーであるBAP1の核内発現の消失を、自動IHC検査で検出するよう設計されている。資料によれば、中皮増殖においてIHCによる核内BAP1の消失は悪性に対してほぼ100%特異的であり、WT1やカルレチニンといった中皮系列マーカーと併用することで中皮腫を確認するための不可欠なツールになるとされる。
ロシュ・ダイアグノスティックスのCEOであるMatt Sause氏は、「中皮腫の適時の鑑別診断は、患者にとって最良の転帰をもたらすために極めて重要だ」と述べ、BAP1をポートフォリオに加えることが、中皮腫のようにアンメットニーズの高い疾患に世界の医療システムが対応できるようにするという同社のコミットメントを裏づけるものだとしている。
背景:遅い診断と、限られた検体
資料は、中皮腫という疾患の難しさを二つの側面から説明している。
一つは診断の遅れである。多くの患者は中皮腫の診断が遅れ、その結果、全生存期間の中央値はわずか12〜18カ月にとどまる。中皮腫は多くの内臓を覆う組織に生じる、致死性の高い希少がんであり、症例の80%超は胸膜腔に発見される。胸膜腔とは、両肺を取り囲む二層の組織のあいだにある、薄い液体で満たされた空間を指す。
もう一つは、検体の制約である。肺がんと中皮腫の診断における大きな課題は、限られた患者組織検体をいかに温存するかにある。従来のアプローチでは、広範な抗体パネルを用いることで組織ブロックを使い切ってしまうことがある。これに対し、BAP1(SP527)のような高い特異性を持つ単一マーカーは、最近発売されたVENTANA MTAP(SP530)やVENTANA Claudin-4(EP417)とともに、組織の消費を最小限に抑えながら、がんを正確に鑑別することを可能にする。検体管理を最適化することで、臨床医は分子シークエンシングや精密医療検査といった不可欠な後続の検査のために十分な組織を残せる、というのが資料の論理だ。
疾患規模についても数字が示されている。肺がんは世界におけるがん死亡の最大の原因であり、毎年250万人以上が肺がんと診断され、そのうち最大85%がNSCLCである。
ロシュの肺・がん診断ポートフォリオのなかでの位置
ロシュは、自社の肺がん診断ポートフォリオが患者パスウェイ全体にわたってend-to-endの臨床的な答えを提供するものだと説明している。その範囲は、基礎となるH&E染色や、ALK(D5F3)、PD-L1(SP263)、MET(SP44)といった医療価値の高いIHCアッセイを含む先進的なティッシュ・ダイアグノスティクスから、コアラボのイムノアッセイ、分子診断(オンコロジーPCRおよびCGP/NGS)、さらにnavify®デジタルソフトウェアにまで及ぶ。
そのうえで資料は、BAP1(SP527)のようなアッセイを既存ポートフォリオと並べて投入することが、アンメットな臨床ニーズに応え、診断上のギャップを埋め、より効果的な患者管理を可能にすると位置づける。BAP1は「force multiplier(戦力の乗数)」として働き、新たに発売されたMTAPおよびClaudin-4アッセイと組み合わせることで、悪性中皮腫を良性の模倣病変や転移性の模倣病変から区別する助けになるという。
意味:単一マーカーの特異性と「組織の節約」
今回の発表から読み取れるのは、鑑別診断の手段が増えたという点だけではない。資料が繰り返し強調しているのは、検体の温存という論点である。広範な抗体パネルで組織ブロックを消費してしまえば、後続の分子シークエンシングに回す組織が残らない。特異性の高い単一マーカーを用いる設計は、診断の確実性を高めると同時に、精密医療のための「原資」としての組織を守ることにつながる。ロシュがBAP1、MTAP、Claudin-4という近接した時期の製品群をセットで語るのは、この設計思想を一貫したものとして示すためだと理解できる。
また、FDAのClass I IVD登録とIVDRのClass C承認を同時に挙げ、グローバルに利用可能だと明記している点は、主要市場での導入が発売時点から想定されていることを意味する。全生存期間の中央値が12〜18カ月という疾患において、鑑別診断に要する時間と組織の両方を圧縮できるかどうかは、診断薬メーカーの競争軸として今後も問われることになる。
なお、ロシュは1896年にバーゼルで創業し、現在150カ国以上で事業を展開する。米国のジェネンテックは完全子会社であり、日本の中外製薬に対しては筆頭株主の立場にある。