何が公開されたか

TXP Medical株式会社(代表取締役CEO:園生智弘)は2026年11月4日、日本におけるリアルワールドデータ(RWD)およびリアルワールドエビデンス(RWE)活用の現状を包括的に分析したホワイトペーパー『The State of Japanese Real-World Evidence』を公開した。製薬企業のメディカルアフェアーズ(MA)部門を主なターゲットに、レセプト・DPC(診断群分類)データとEMR(電子カルテ)由来データをどう使い分けるべきかを、市場規模・規制動向・活用事例を交えて解説している。

同社は2026年10月1日付でオウンドメディア「Medical Data Lab」を新体制とし、本白書はそのレポート第一弾という位置づけになる。新所長には中尾ティモが任命された。ティモは医師であり、マッキンゼー・アンド・カンパニーで製薬・医療機器企業の事業戦略支援に従事した後、TXP Medicalで国際事業展開を牽引してきた人物で、本白書は所長就任後初の刊行物となる。

白書が示す数字のうち中心となるのは、市場規模の見通しである。日本の医療データ二次利用市場は2025年の約350億円から2035年には約850億円へ拡大すると予測される。そのうちEMR由来データの構成比は同期間に11%(約39億円)から29%(約250億円)へ上昇し、2025〜2030年の年平均成長率はレセプトデータの8%に対し、EMR由来データは約26%に達すると分析している。

もう一つの数字が、承認審査におけるRWD・RWEの活用実績だ。2024年に承認された新薬・再生医療等製品のうち、RWD・RWEが活用された割合は30.4%(125件中38件)。2019年の18.1%(116件中21件)から大きく上昇している。

背景にあるデータ環境

白書が前提として挙げるのは、日本特有のデータ環境である。日本は世界有数の医薬品市場であり、国民皆保険制度のもとで約1億2,000万人分の縦断的なレセプトデータが継続的に生成されている。ただし、これらを臨床的に精緻なエビデンスへ転換するには、疾患の重症度やバイオマーカー所見、治療選択の理由といった、レセプトデータだけでは把握しきれない情報を含むEMRデータと、医療機関を横断した研究利用を可能にする基盤が必要になる。

EMRの普及率は2023年時点で、一般病院全体では65.6%、400床以上の病院では93.7%。政府は2030年までに、ほぼすべての医療機関で患者の医療情報を共有できる電子カルテの導入を目指している。

一方、次世代医療基盤法(NGMIA)に基づく医療情報の二次利用は、2026年9月時点で認定事業者が4グループ、協力機関170施設、報告のある3事業者の累計提供実績は135件にとどまる。白書は、同法を通じたデータ利活用が限定的な規模にとどまっていると整理している。

こうした状況を踏まえ、TXP Medicalは「レセプトかEMRか」という二項対立ではなく、臨床上の問いに応じて適切なデータソースを選択する「Fit for Purpose」の視点がRWE活用の鍵になると捉え、本白書を発行したとしている。

白書の構成と、基盤が果たした役割

白書は、MA部門が持つ4つの主要テーマ——患者の治療経路の把握、アンメットニーズ・診療ギャップの定量化、上市後の実臨床における有効性・安全性評価、前向き研究・ハイブリッド型研究によるエビデンス創出——を軸に、レセプト・DPCデータとEMRデータそれぞれの強みと限界を整理している。

また、EMRデータが独自の価値を持つ局面として3つを挙げる。①日本人患者に特有の臨床的特徴が治療選択・アウトカムに影響しうる場合(例:非小細胞肺がんにおけるEGFR変異陽性率の高さ)、②日本特有の保険適用・診療提供体制が検査や治療へのアクセスを規定する場合(例:がんゲノム医療における拠点病院制度)、③日本の実臨床が海外エビデンスと異なりうる場合——である。2022年に承認されたペルツズマブ+トラスツズマブ併用療法の審査事例なども交えて解説している。

このほか、研究フィージビリティ調査、研究実施施設の選定、症状や検査所見に基づく患者の分類・抽出(clinical phenotyping)といったEMRデータを用いた研究の具体的な方法、ICH E6(R3)Annex 2のステップ4採択(2026年6月)をはじめとする規制動向も扱う。

白書は、TXP Medicalが全国の大学病院・地域中核病院等56施設と連携して構築する医療データ基盤から得られた知見に基づき執筆された。同基盤は2026年9月時点で2,600万人規模の患者データをカバーし、900項目以上の標準化された検査値・バイタルサイン、全文カルテテキスト、DPCデータを統合した15年以上の診療データを蓄積する。同社は国内製薬企業上位20社の過半数を含む40社以上の製薬企業・医療機器メーカーとの連携実績を持ち、50名以上の専門医で構成される社内チームが研究設計から論文化まで支援している。

業界にとっての意味

承認におけるRWD・RWE活用が2019年の18.1%から2024年の30.4%へ上昇した事実は、RWEがすでに例外的手段ではなくなりつつあることを示す数字として読める。そのうえで白書が焦点を当てるのは、どのデータソースを選ぶかという次の段階の問いである。

市場予測の内訳も同じ方向を向く。二次利用市場全体が2025年の約350億円から2035年の約850億円へ拡大するなかで、EMR由来データの構成比が11%から29%へ上がるという見通しは、伸びの大部分がEMR側から来ることを意味する。レセプトデータの年平均成長率8%に対しEMR由来データ約26%という差も、同じ構図を数字で表している。

一方で、次世代医療基盤法に基づく二次利用が認定事業者4グループ、協力機関170施設、累計提供実績135件という規模にとどまる点は、制度的な基盤整備と実務上の利用可能性との間に距離があることを示す。政府が2030年までにほぼすべての医療機関での電子カルテ導入を目指す一方、400床以上の病院で93.7%、一般病院全体で65.6%という2023年時点の普及率の差も、データ取得の現実的な制約として残る。

MA部門にとって、本白書が提示する「Fit for Purpose」という整理は、臨床上の問いを先に立ててデータソースを後から選ぶという順序の提案である。中尾所長は「日本のRWD・RWE活用は、レセプトかEMRかという二者択一ではなく、臨床上の問いに応じてデータソースを選び分ける『Fit for Purpose』の発想への転換期にある」とコメントしている。TXP Medicalは今後もMedical Data Labを通じて調査・情報発信を継続し、希少疾患からオンコロジーまで幅広い疾患領域でのエビデンス創出を支援するとしている。白書は同社サイトからダウンロードできる。