2026年9月22日、欧州を代表する製薬9社の取締役会議長が「欧州は製薬の投資競争に負けつつある―だが復活は手の届くところにある (Europe Is Losing the Pharma Investment Race – But the Comeback Is Within Reach)」というタイトルで連名で公開書簡を発表した。書簡では欧州が数十年にわたり医薬品を抑制すべきコストとして扱ってきたと指摘し、その結果、イノベーター(製薬企業)が受け取ったメッセージは「欧州はあなたたちの仕事を評価しない(Europe does not value what you do)」だったと述べている。宛先は、EUの機関というより各国の首脳で、医薬品を防衛やエネルギーと同じ重要インフラとして扱うよう求めている

書簡に署名した9社は添付の通りで、アストラゼネカ、ベーリンガーインゲルハイム、キエージ、イプセン、GSK、ノボ ノルディスク、ノバルティス、ロシュ、サノフィとなっている。そのため、EU加盟国の企業だけでなく英国とスイスの企業も含まれている。

書簡に署名した9人(公開書簡の署名者欄をもとに筆者作成)
書簡に署名した9人(公開書簡の署名者欄をもとに筆者作成)

書簡によれば欧州の医薬品産業は戦後の偉大な達成の一つであり、新薬発見を奨励するという欧州の選択が生産性の高い研究集約的な産業を築き、数百万人の高度技能雇用を支え、2,200億ユーロを超えるEUの貿易黒字を生んだと述べている。また、革新的医薬品の導入は入院費の減少や健康な就労生活を通じて経済にほぼ6倍のリターンをもたらすとしている。
そのうえで、「しかしこの苦労して得た遺産が危機にある(But this hard-won inheritance is at risk)」と続けると述べられている。
“我々の取締役会で、欧州がグローバルな競争で後れを取っているのが見える。過去2年だけで、米国と中国で6,000億ドルを超える医薬品投資が発表された。欧州各国政府は、手遅れになる前に、次世代医薬品への投資を呼び込む条件を整えなければならない。”

データを見ると、1990年に欧州は世界の医薬品R&Dの43%を占めていたが、現在は31%で低下を続けている。また、企業治験の欧州のシェアは、10年で半減し9%になっている。そして中国は、治験、医薬品特許、新薬開発で欧州を追い抜いている。

世界の医薬品R&Dと企業治験に占める欧州のシェア(EFPIA・The Guardianの数字をもとに筆者作成)
世界の医薬品R&Dと企業治験に占める欧州のシェア(EFPIA・The Guardianの数字をもとに筆者作成)

https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/speech_26_658

さらにドラッグラグ・ロスも進んでおり、新たに承認された治療薬の約40%は欧州の患者に届かず、届くものも患者は約600日待つとされている。欧州のがん生存率は米国より悪く、診断の遅れや診療ガイドラインが推奨する水準に届かない医薬品で治療されたりする患者が多すぎるとしている。

欧州の患者に届かない新規承認薬の割合と、承認から患者が使えるまでの期間(The Guardian・EFPIAをもとに筆者作成)
欧州の患者に届かない新規承認薬の割合と、承認から患者が使えるまでの期間(The Guardian・EFPIAをもとに筆者作成)

この原因として、書簡の中では下記のように述べられている。
“これは、欧州が数十年にわたり、医薬品を政府が行える最良の投資の一つとしてではなく、抑制すべきコストとして扱ってきた結果である。時代遅れの制度が革新的医薬品の使用を制約し、恣意的に予算に上限を設け、患者のニーズが高まっているにもかかわらずインフレに合わせて支出を調整しない。政府の政策は、イノベーションがどう評価されているか、そして患者がそれにアクセスできることにどれだけの優先順位が置かれているかについて強く示している。”
そして、次の一文がキーメッセージとなっている。
“イノベーターへのメッセージは厳しいものだった。欧州はあなたたちの仕事を評価しない。(The message to innovators has been stark: Europe does not value what you do.)”

書簡の中にはEUに対するリクエストと各国政府に対するリクエストが書かれている。
EUに対しては、治験を加速すること、知的財産を保護すること、合理的なデジタル政策を採用すること。そして決定的に重要なこととして、健康と革新的医薬品に投資する加盟国に財政的柔軟性を与えることが挙げられている。
一方で、決定的な手段は各国政府にあるため、医療予算にどれだけ投資するか、新薬をどれだけ速く評価し資金を付けるか、そして病気をよりよく予防し、検出し、治療するために医療をどう近代化するかが重要と述べられている。

公開書簡の論理構造(筆者作成)
公開書簡の論理構造(筆者作成)

各国政府が数十年にわたる革新的医薬品への過少投資を是正し、これらの治療が患者、医療制度、経済にもたらす価値の総体を反映するよう価値評価の枠組みを近代化すれば、機会は欧州のすぐそばにあるとも述べており、治験だけでも中国と米国との差を埋めれば、欧州は530億ユーロと8万2,000人の雇用を生み出せるとしている。

https://efpia.eu/media/zdzg0bey/the-economic-impact-of-industry-clinical-trials-across-europe.pdf