2026年9月13日、The Lancetに”Most-favoured-nation pricing for prescription drugs in US Medicare: a cohort study”という論文が掲載され、米国メディケアの最恵国待遇(MFN)価格政策を、実際の支出データと19か国の価格データを用いて初めて定量的にモデル化した研究が紹介されている。分析対象の73%の医薬品で、メディケアの節約額が参照国での年間売上を上回っており影響が大きいことが示唆されている。
今回対象となっているメディケアのプログラムは2025年12月に公表されたパートBを対象とするGLOBE(Global Benchmark for Efficient Drug Pricing)と、パートDを対象とするGUARD(Guarding US Medicare Against Rising Drug Costs)で、前者は院内処方、後者は院外処方薬が対象となる。両モデルとも、メディケアのネット価格が参照国における最低リスト価格(GDP-PPP調整後)を超える場合、製造業者(製薬会社)は追加のリベートを支払う義務を負うこととなる。
参照国は19か国で、オーストラリア、オーストリア、ベルギー、カナダ、チェコ、デンマーク、フランス、ドイツ、アイルランド、イスラエル、イタリア、日本、オランダ、ノルウェー、韓国、スペイン、スウェーデン、スイス、英国となっている。
対象品目は195品目で、ブランド医薬品が米国外の少なくとも1か国で承認され、国際参照価格が1つ以上存在することが条件。ジェネリックおよびバイオシミラー、長期収載品などは除外されている。
195品目について、19か国の出荷価格を米国リスト価格を100として指数化したものは添付のグラフとなる。

未調整の価格で最も高いのは英国の39.1、最も低いのは韓国の12.6となっている。日本は19.9で、韓国に次いで2番目に価格が低い結果となる。
ただし、GDP-PPP調整後は順位が変わっている。日本は1.638という最大の係数を乗じられるため、19.9から32.6へ上昇しており、19カ国中で11位となる。
最も頻繁に参照される国(GDP-PPP調整後)は、韓国が66品目(33.8%)、ノルウェーが27品目(13.8%)、オーストラリアが24品目(12.3%)なっており、日本は上位3か国に入らなかった。日本の未調整価格は19カ国の中で2番目に低いが、1.638倍に補正されることで、最低価格国として参照される頻度が下がる構造になっている。
この論文で最も重要な発見とされているのがメディケアの節約額と参照国での売上比較である。
国際売上データが利用可能だったのは195品目のうち138品目(70.8%)で、医薬品レベルでGLOBEおよびGUARDによるメディケア節約額を、最低価格として参照される国での年間売上で割った比率の中央値は3.8(IQR 1.0〜22.8)となった。つまり、最低価格の国の3.8倍の売上がUSのメディケアで節約されていることとなる。
論文はこの結果を、ディスカッションセクションで「米国の医薬品市場と他国の市場の規模の大きな差異(経済規模や一人当たりの豊かさは同程度であるにもかかわらず)のため、メディケアによるMFN価格の歴史的な導入は、参照国における医薬品の価格とアクセスに意図せざる影響を与えうる。GLOBEおよびGUARDによるメディケアのネット支出削減額は、メディケアが参照する価格の国の市場規模のほぼ4倍であり、コホートの73%の医薬品で参照国の売上を上回る(However, because of the vast disparity in the size of the US pharmaceutical market compared with those in other countries (despite otherwise similar measures of economy size and percapita wealth), our study suggests that the historic introduction of most-favoured-nation pricing by Medicare could have unintended effects on prices and access to medicines in referenced countries. We found that estimated net Medicare spending reductions under GLOBE and GUARD would be nearly four-times greater than the market size of the country whose price is referenced by Medicare and would exceed market sales in referenced countries for 73% of drugs in the study cohort.)」と述べている。
さらに論文内では製薬会社がこの影響を踏まえて取りうる複数のアクションを列挙しており、
第一に、参照国内の最低価格国での上市を遅延させること。欧州内の外部参照価格制度に関する経済モデル研究では、製薬会社は低所得の欧州諸国への新薬上市を1剤あたり最大1年遅らせるインセンティブを持つと推計されている。
第二に、国別の製剤を開発し、参照価格の成立を遅らせたり防いだりすること。比較可能な価格の定義が厳格(規格や包装レベル)であるほど、こうした戦略は展開しやすくなる。
第三に、将来の上市の際に公表リスト価格を意図的に引き上げ、既存の価格譲歩を裏で行うこと。参照国は同様の実効ネット価格を維持でき、製薬会社は表向きの国際価格ベンチマークを上げることができる。
既に起きている事例にも触れられており、2026年3月にはある企業が米国でのMFN価格の脅威を活用し、日本でより有利な価格交渉に成功したと報告したと記載されている。引用文献を確認すると、それはアステラス製薬の眼科用薬であるアイセルベイ(Izervay)の事例となっている。
論文の結論としては、「ブランド医薬品に対するMFN価格は、メディケアのネット支出を減少させうる。しかし、GLOBEおよびGUARD支払いモデルの実施は、可能な節約額を侵食しうる製造業者の行動変化によって困難に直面しうる。さらに、政権と個別の機密合意を結んだ製造業者を除外することは、モデルの範囲を大幅に制限する。メディケアのネット支出の潜在的削減額が参照国での売上を大幅に上回ることを考えれば、米国および他国の政策立案者は、米国のMFN価格が世界の医薬品価格とアクセスに及ぼしうる波及効果を注意深く監視すべきである(Most-favoured-nation pricing for brand-name medicines could decrease net Medicare spending, but implementation of the GLOBE and GUARD payment models could be challenged by shifts in manufacturer behaviour that would erode possible savings. Further, exempting manufacturers with separate confidential agreements with the administration would sharply limit the scope of the model. Given that potential reductions in net Medicare spending would be substantially greater than sales in referenced countries, policy makers in the USA and other countries should carefully monitor for spillover effects that most-favoured-nation pricing in the USA could impose on medicine prices and access globally)」と締め括っている。