何が発表されたか
塩野義製薬は2026年10月21日、米国感染症学会週間(IDWeek 2026、開催地:米国ワシントンD.C.)において、抗新型コロナウイルス薬エンシトレルビル フマル酸(日本における製品名:ゾコーバ)に関する新たな研究結果を発表すると公表した。内容は、曝露後発症予防(PEP)を評価したSCORPIO-PEP試験の新たな探索的解析、SCORPIO-SR試験とSCORPIO-HR試験の統合解析によるウイルス学的データ、そしてCOVID-19による疾病負担に関するシステマティック・レビューの3件である。
SCORPIO-PEP試験の探索的解析
探索的解析は、予防投与後に新型コロナウイルスに感染した被験者と、試験登録時点ですでに感染していた被験者を対象に、症状の重症度とウイルス量を調べたものだ。
予防投与後に感染した被験者では、最大ウイルスRNA量の平均値がエンシトレルビル群で3.1 log10 copies/mL、プラセボ群で4.3 log10 copies/mLだった。このうち症状が認められた被験者で重度の症状を呈した割合は、エンシトレルビル群28.6%(8/28例)、プラセボ群53.9%(48/89例)。平均合計症状スコアおよび最大合計症状スコアは、プラセボ群と比較してエンシトレルビル群で低い傾向が確認された。
一方、試験登録時に各医療機関の検査では陰性で症状もなかったものの、ベースライン時の中央検査機関の検査で陽性と確認された家庭内接触者237例では、Day 3およびDay 6の平均ウイルスRNA量がエンシトレルビル群で数値上低い傾向がみられた。このうち症状が発現した被験者で重度の症状を呈した割合は、エンシトレルビル群11.1%(2/18例)、プラセボ群37.5%(9/24例)だった。
Shionogi Inc.のSenior Vice President, Head of Clinical DevelopmentであるSimon Portsmouth医師は、今回の解析が「曝露後にエンシトレルビルを早期投与した際の転帰について、新たな知見を提供するもの」とコメントしている。
感染性ウイルスに基づく統合解析
SCORPIO-SR試験とSCORPIO-HR試験の統合解析では、感染が確認された被験者を対象に、感染性ウイルスに基づく評価を行った。RT-PCRによるウイルスRNA検出では感染性を持たないウイルス由来物質も検出され得るのに対し、感染性ウイルスの測定では実際に増殖する能力を持つウイルスを評価できるという位置づけだ。
投与4日目の感染性ウイルス力価のベースラインからの変化量について、エンシトレルビル群とプラセボ群の群間差は0.21 log10 TCID50/mL(最小二乗平均値)。感染性ウイルス力価が検出限界未満だった被験者の割合は、エンシトレルビル群95.7%(463/484例)、プラセボ群72.1%(351/487例)だった。これらの傾向は、年齢、ワクチン接種状況、COVID-19の重症化リスクによるサブグループ間でも一貫していた。
Shionogi Inc.のSenior Vice President, U.S. Medical AffairsであるFlorin Draica医師は、本解析を「抗新型コロナウイルス薬についてこれまで報告された中で、最も大規模な感染性ウイルスのデータを用いた解析」とし、結果は探索的としたうえで「感染性や感染伝播に及ぼす影響について、今後さらに検討する意義がある」と述べている。
疾病負担のシステマティック・レビュー
3件目は、オミクロン株流行期およびそれ以前の時期における感染が、基礎疾患を有する患者に及ぼす影響を評価したシステマティック・レビューである。対象研究では、感染と呼吸器疾患、神経疾患、心血管疾患、腎疾患などの悪化・再発との関連が報告されていた。臨床転帰を評価した33件の研究のうち17件で、感染後に喘息、COPD、多発性硬化症、CKDなどの基礎疾患が統計学的に有意に悪化したと報告された。健康関連QOLを評価した8件中5件で転帰の悪化が、医療資源利用を評価した6件中4件で入院頻度の増加または入院期間の延長との関連が示された。カリフォルニア大学アーバイン校医学部教授のAlpesh N. Amin医師は、基礎疾患を有する人における予防の重要性を指摘している。
承認までの経緯
エンシトレルビルは、北海道大学と塩野義製薬の共同研究により創製された3CLプロテアーゼ阻害薬だ。オミクロン株流行期に実施されたSCORPIO-SR試験(第2/3相のPhase 3 part、1,821例)で主要評価項目を達成し、日本では2022年11月に緊急承認、2024年3月に通常承認を取得した。
PEPについては、SCORPIO-PEP試験が米国、南米、アフリカ、日本を含むアジアで2023年6月から2024年9月にかけて実施された。登録時にスクリーニング検査陰性かつ無症状の12歳以上2,300例超が参加し、主要解析は陰性が確認された世帯内接触者2,041例が対象。エンシトレルビル群は1日目375mg、2〜5日目125mgを1日1回5日間経口投与し、投与開始は同居するCOVID-19患者の症状発現から3日以内とされた。結果、投与後10日目までのCOVID-19発症リスクを67%低下させ、経口抗ウイルス薬としてPEPの第3相試験で世界初めて主要評価項目を達成した。この結果はNew England Journal of Medicineに掲載されている。
これを受け、日本では2026年3月に曝露後発症予防の効能・効果を承認取得。米国では2026年5月に承認、同年7月に販売開始、欧州では2026年9月に承認を取得した。また2026年6月には、国内第3相試験の結果に基づき、従来の12歳以上から6歳以上かつ体重20kg以上の小児への投与を可能とする用法・用量の追加承認を取得している。
業界にとっての意味
今回の発表は、承認取得という節目を越えた製品について、塩野義が「発症予防に失敗した場合に何が起きるか」というデータを積み増している点に特徴がある。PEPの主要評価項目は発症の有無だが、探索的解析はその先の重症度やウイルス量に踏み込んでいる。予防薬の価値を発症率だけで測るのか、発症した場合の軽症化まで含めて測るのか――評価軸の広がりにつながり得る論点だ。
感染性ウイルスに基づく統合解析も、RNA量という代替指標から一歩踏み込む試みである。Draica医師自身が探索的と断り、感染伝播への影響は今後の検討課題と位置づけている点には留意が必要だが、抗ウイルス薬の評価方法をめぐる議論に材料を提供する。
疾病負担のレビューは、急性期を過ぎた後の基礎疾患悪化という負担を定量的に整理するものだ。塩野義はマテリアリティの一つに「感染症の脅威からの解放」を掲げており、治療・予防・ワクチンを含む感染症トータルケアの実現を目指すとしている。日米欧でPEP適応を揃えた同社が、次にどの地域・どの集団で使用を広げていくかが焦点となる。